副書廊白
□親の顔をする死神の話
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(b明智とガラシャの話)
己の臣下にさえ恐れられる殺人狂も、娘の前では型なしであった。
「こちらの父上も、実に綺麗な髪なのじゃ!」
そう言って長い白髪をさらさらと手ですくその少女を、何故か煩わしく感じないのは、やはり娘可愛さ故なのだろうか。
やめなさい、とやんわり制すが、ガラシャは一向にやめる気配はないし、光秀も本気で止めるほど煩わしがってはいなかった。
「じゃが色は真逆じゃの!父上の白銀の髪は、陽の光でキラキラ輝いてほんに綺麗なのじゃ!」
そのように言われたのは初めてかもしれない、と光秀はぼんやり思った。
これまでも、刃のような色だとか、およそ生きている者に似つかわしくない色だとか、そのようなことは散々言われてきたが、光秀の人格も相まって、陽の光と結びつける者など皆無だった。
ふとガラシャの手が光秀の髪から離れる。
「そうじゃ、綺麗と言えばの、山の麓に綺麗な花畑を見つけたのじゃ父上!父上と一緒に行きたいのじゃ!」
ガラシャの満面の笑顔でのお誘い、非常に魅力的ではあるが、光秀はこれでも織田の重臣であった。
運悪く、今はちょうど仕事が溜まっている時だったのだ。
「それは素敵なお誘い…ですが残念なことに父は今日は安土の城を離れられないのですよ。」
えー、と一瞬頬を膨らませるガラシャだが、今度はとても得意げな顔で
「ならば、わらわがそこで父上の花冠を作ってきて差し上げようぞ!」
といたずらっ子のように張り切り声をあげた。
ころころと変わるその表情はとても鮮やかで、光秀を退屈させない。
早速振り返って出かけようとする娘の背中に、光秀が追うように声をかける。
「たま、あまり遅くなりすぎないように。日が暮れるまでには返って来るのですよ。」
その声を聞けばガラシャはその場で向き直って心底嬉しそうに
「こっちの父上もほんに心配性なのじゃ!」
と言って満足げに笑った。
【親の顔をする死神の話】